小豆島の歴史
オリーブの島「小豆島」は、瀬戸内海国立公園の中心地で、広さはわが国で19番目の島。
二十余の属島を含め、169.86平方キロ。
土庄町・小豆島町の2町に分かれ、人口は約36,000人。
古くは、吉備・備前の児島郡に属し、弥生時代から塩が生産され、御名代地や皇室、神社などの塩荘園として発展した。瀬戸内海の要衝にあって、漁業、造船、廻船業も盛んであったが、豊臣家の蔵入地となり、さらに江戸幕府からも加子浦に指定された。
江戸時代、良質で知られた塩が生産過剰になると、醤油の産地に転換、素麺、石材などとともに、島の経済を支えてきた。
江戸中期には、讃岐高松藩の預り地となり、後期には、島の東部が伊予松山藩の預り地になる。
明治になって、香川県に所属、同十一年、小豆郡を形成した。
四十四を数えた村が次第に統合され、平成18年に現在の2町の姿になった。
小豆島の呼称は、古代には「あずきしま」と言われ、おそらく鎌倉時代末期から「しょうどしま」と呼ばれるようになった。
地形は複雑で、動植物を含め自然に恵まれ、21世紀に残したい日本の自然100選に寒霞渓が選ばれている。
小豆島は、中世から修験道が盛んな山岳信仰の島であった。近世初頭、小西行長の支配したころは、キリシタンの聖域となるが、それが弾圧されたあとは、八十八ヶ所の霊場が整備され、弘法大使信仰の島となった。
俳諧、俳句や郷土芸能の農村歌舞伎も、昔から盛んで、美しく豊かな自然の中に、経済も文化も育まれ、島民には、温和であって積極性もみうけられる気風が培われてきた。
醤油を基盤にして戦後に発達した、佃煮産業が現在、島の特産品の首位を占めるが、美容と健康によりオリーブも、平和のイメージとともに有名になった。
香川県の県花も県木もオリーブで、59年夏には、ミニ独立国オリーブ王国が、この島に建国された。
郷土の作家壺井栄の名作「二十四の瞳」は全国的にヒット、大きな感動をよんだ。
周辺でとれる新鮮な魚をはじめ、スモモやオリーブ、醤油、佃煮、素麺と、特産品のほとんどが食品関係で、味覚の島ともいえるが、自然にも恵まれ、人情豊かで、感動もさわやかな別天地である。
そして平成19年、オリーブ百周年を迎え、様々なイベントが開催される。
■産業
醤油・佃煮・手延べ素麺・ごま油・電照菊・石材・ハーブ・神懸焼
■味覚
さかな・もろみ・佃煮・素麺・郷土料理・オリーブ・すもも・菊
■遍路
四国霊場にくらべ、島四国とも呼ばれる小豆島八十八ヶ所霊場は、行程が約十分の一の手軽さだが、霊験はあらたかとあって、年間十万人の遍路さんが訪れる。
■行事( 年中行事)
・虫送り( 7月2日・土庄町)
小豆島に約三百年前から伝わる夏の風物詩。住職が大般若経をあげて稲や野菜の虫除けと豊作を祈願するもの。
・川めし( 8月14日・小豆島町)
8月13日に川原を清掃し、釜床、座敷を作るなど下準備をしておいて、14日の早朝別当川流域の住民が、家族単位で川原に集まり、五目飯を炊き無縁仏を供養する。
・秋まつり( 10月11日〜21日全域)
島に稔りの秋が来て、稲穂が黄金期にゆれる頃になると、豊作を感謝する秋まつりがあちこちで行われる。祭りの行事はそれぞれ特徴があり、見る人を楽しませてくれる。
■観光施設
・平和の群像
郷土作家壺井栄の不朽の名作「二十四の瞳」のブロンズ像。
・銚子渓お猿の国
餌づけされた約500匹の野猿が群れ遊ぶ自然動物園。
・小豆島オリーブ公園
白いギリシャ風車が印象的なオリーブ公園には、オリーブの他、約二百種類ものハーブを栽培している。
・二十四の瞳映画村
田中裕子主演で再映画化された「二十四の瞳」ロケに使われたオープンセット。
・寒霞渓
深い渓谷と穏やかに広がる瀬戸内海を眼下に、奇峰をすりぬけていくロープウェイの空中散歩もまた寒霞渓の魅力。
・道の駅 大坂城残石記念公園
約三百七十年前、大坂城修築の際に切り出され、使われることなく放置された四十個の残石を中心に整備された公園。
・小豆島大観音
優しいお顔の観音様で、スリランカから頂いたお釈迦様の歯の分骨をお祀りしている。
・小豆島ふるさと村
恵まれた自然環境と、特産品や文化などの有効利用を目指した滞在型、参加型の観光レクリエーション施設。
・マルキン醤油記念館
大正初期から使われていた「もろみ蔵」を改造し、醤油の歴史と製造方法を分かりやすく紹介している。醤油ソフトクリームが人気。
・土渕海峡
平成八年一月、世界で一番狭い海峡の認定を受けた。
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